経済環境は変化する
経済は絶えず動いています。
ちょうど、そこにずっとあるように見えるものでも、実際には絶えずダイナミックに躍動しつつその状態が保たれているのと同じように、経済もまた絶えず躍動しているものです。
経済の場合、少し違う印象があるのは、安定させようとするフィードバック機能を施しているのに、ときどき大きすぎる幅で変動を起こして壊滅的な打撃を受けたり、その逆で信じられないくらいの繁栄を得ることができたりすることです。
国家や中央銀行でいえば、フィスカルポリシーやビルトインスタビライザーと呼ばれる財政政策がそれにあたります。
その国の経済を安定させるため、各国政府は経済の調整を強制力を伴って行うことができますが、国際的な枠組みとなると、管理できるわけではないように思います。
経済は市場の動向に左右されます。
市場にはルールがあるかもしれませんが、そこに参加する個々の主体の意識や感情によって流れが変わるものであり、誰かが管理して強制して何かを行わせることはできません。
世界的な流れ、国の中での流れ、地域の中での流れ(そのそれぞれに人の意思がある)
これらが商売に影響を与える以上、自分の仕事・自分の商売は世の中が決めるものあり「自分でこっちの方向に誘導したい」といくら頑張ってもどうなるものでもありません。
その意味では…
経済活動とはちょうど、漁師が海の状態に合わせて漁をして生活しているのと似ているかもしれません(そして、たまたま海が荒れているからといって、海を恨んだりする漁師はいないはずです)
人間のライフスパンと経済循環の長さ
人間の寿命は、いくら長くても現状では120歳程度が限界です。
しかも、年齢を重ねれば重ねるほど、体力は無くなり、体は衰え、機能が徐々に失われていきます。
なんらかの生産活動を行うことができるとされる年齢は16歳〜80歳程度であり、その中での最盛期と言える期間は40年もあれば良い方です。
さて、そんな人間を取り巻く経済環境は変動する、と先ほど述べましたが、経済学では経済循環としていくつかの概念があります。
- チキンの波 約40カ月周期 (在庫による変動周期)
- ジュグラーの波 約10年周期 (設備投資による変動周期)
- クズネッツの波 約20年周期 (建設投資による変動周期)
- コンドラチェフの波 約50年周期 (技術革新による変動周期)
これによれば、人が仮に80歳まで生きた場合、1度は技術革新による変動を経験することになり、3〜4回は建設投資による変動を、7〜8回は設備投資による変動を、23〜24回は在庫による変動を受けることになります。
これは学説なので、イレギュラーにそれが訪れることもあるでしょうし、それぞれの波が重なって訪れることもあるはずです(変動の要素は政治的なものもあるはずなので、生きている間にさらに多くの変動に遭遇するはずです)
ここで言いたいのは、人間は一生の間にこれくらい多く経済環境の変動にさらされる、ということです。
パラダイム・シフト
経済学ではありませんが、パラダイムという言葉もあります。
パラダイムとは、アメリカの科学哲学者トーマス・クーンが提唱した考え方であり、辞書的な意味では「科学理論の基本的な枠組み」「思考の方法論やものの見方」ということになっています。
あるパラダイムが支配的な時代があり、それとは違う枠組みが登場して違う考え方が世の中の主流となると、今度はその新しいパラダイムが支配的な考え方となる時代が訪れる、というのがパラダイム・シフトと呼ばれることになるかと思います。
(古いパラダイムが迷信やなんの裏付けもない性質のものでない限り、パラダイム・シフトが起きたからといって古いパラダイムがまったく無用のものとなるようなことにはならないかと思われます。それは、パラダイムとは枠組みであり、枠は決して1つだけではなく、実際にはいくつもあるものだからです)
パラダイム・シフトは、おそらく先ほどのコンドラチェフの波の変動周期よりも長いスパンで起きるものです。
ですので、生きている間にパラダイム・シフトに遭遇した世代の人間は、ラッキーであり、アンラッキーでもあります。
もしかすると、いまはパラダイム・シフトが起きている時代かもしれません。
(次回に続く)