運動音痴
はっきり言って、私は運動が苦手です。
球技はまったくと言っていいほどできません。
おそらく、これは動いているボールに対して遠近感がない、ということなのかもしれないのですが、この辺に飛んでくるだろう、と思う地点と実際にボールが飛んでくる地点がいつもかなりズレています。
野球をやれ、と言われたら、もう悪夢です(観るのは好きだけど)
グローブで捕球することができません。
足も遅いです。
他の要素としては、常にマイペースであり、集団行動が苦手だ、ということもあります。
なので、チームプレイが必須となるスポーツはまず私には向いていません。
水泳で覚えた恐怖
発端は、小学生の時だったと思います。
水泳も苦手なのですが、水泳の授業で当時の担任が生徒をプールに投げ入れる、ということをしていました。
いま思うと、これはなんだったのか理解できません。
私にはただ恐怖でしかなかったです。
水泳の時間そのものが怖くなりました。
水に対する恐怖が出来て、泳ぐことも苦手です。
私が25mを泳げるようになったのは、小学5年生になった頃くらいからでした。
陸上部
が唯一取り組んだ運動は、おそらく中学生の時の陸上競技だけです。
当時、中学ではどこかの部活に必ず入部するようになっていて、迷った末、私は陸上部に入部します。
これは、球技ではなく、チームプレイとは関係ないから、という理由でした。
競技は1500m走でした。
当時、同級の陸上部の子で足の速い人がいて、私が3年間取り組んでやっと3年生の最後の大会で出したベストタイムが、その子の1年生の時に出したタイムだった、というような状況です。
努力した結果、速い、と言われる範囲までなんとか到達した、と言えるのかもしれませんが、それくらい足が遅かった、とも言えます。
さらに上には上がいます。
同じ県内でも、クロスカントリースキー部の子で夏は雪がないから陸上をやっている、という場合もあり、その人たちはものすごく体つきが頑丈です。
そして、足も早かった。
努力している量が違う、ということもあると思いますが、私はそこまではちょっと無理だなぁ、ということを陸上競技大会に行くたびに思いました。
苦手意識は消えない
苦手意識はずっとついて回ります。
その後、高校生になってからは、運動するのは体育だけでしたが、それ以外は進んで自分から運動しようとは思わなくなりました。
やはり、過去の思い出がちょっといい思い出でない、というのが大きかったような気がしています。
そもそも、私は運動に向いていない、というのもあるんでしょう…
影響
この影響は、いろいろと問題を引き起こしました。
まず、コミュニケーションを取ることに消極的であり続けた、ということです。
私は、相手との距離を縮めることが難しく、仲間と協力することがいまだにできにくくなっています。
他には、適度な気分転換をすることさえ、億劫に感じてしまう、ということもあります。
他には「私はチームには邪魔なんじゃないか?」という不安感です。
戦力になり得ないのだから、これは仕方ないのかもしれませんが、そう言った負い目は常に感じてしまい、自分から所属しようとしなくなったり、自信を失ってチームを辞めてしまったりすることもたびたびです。
やはり、運動は私には合っていない、ということのようです。
まとめ
大人になってよかったことは何か?と聞かれたら、私は「運動をしなくて良くなったこと」と答えます。
苦手なことを選択しなくてもよくなった、ということは、大人になってよかったなぁ、と思います。
見方を変えると、やっぱり、自分の枠を狭めているだけにも見えてくるのも事実です…
苦手でも、取り組んでみる、ということは大事なことのようです…