人脈

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人脈を考える|都道府県別総理大臣輩出数

2020-10-26

都道府県別総理大臣輩出数

  1. 山口県 8人
  2. 東京都 5人
  3. 岩手県 4人
  4. 群馬県 4人
  5. 岡山県 3人
  6. 京都府 3人
  7. 広島県 3人
  8. 鹿児島県 3人
  9. 石川県 3人
  10. 愛知県 2人
  11. 熊本県 2人
  12. 高知県 2人
  13. 神奈川県 2人
  14. 大阪府 2人
  15. 島根県 2人
  16. 福岡県 2人

その他、総理大臣を1人輩出した県が複数ある

幕末の有力藩との関係

幕末の有力藩は、ほぼそのまま明治維新を押し進めた有力諸藩と重なります。

有力だったかどうかの違いは、そもそもの藩の規模に比例しているように思います。

江戸時代が始まる時に徳川幕府から与えられたり領有を認められた領地の豊かさ(広さ)が、そのまま江戸時代末期までその藩の経済規模に大きく影響を与えたと言えるかと思います。

基本的に、当時は領主である大名の家が断絶してしまうようなことがない限り、代々その領地を守っていくことが大名にとっての生存戦略となっていたからです。

領地の豊かさとは、米の収穫量に比例しています。

途中から、殖産興業に励んだ藩も現れ、それによって力を蓄え、近代的な軍備を整えた藩が現れ、その藩が中心となって倒幕に乗り出した、ということになります。

なお、最初は焼き物などを製造するなどの独自の商品を作り、それを売ることから始まったところが多いように思われます(薩摩焼などの陶芸品。他の先見的な領主の中にも、これを見習って自分の藩で焼き物を作らせたり地場産業を振興しようとした藩がある。現在の長野県須坂市を領有していた須坂藩の藩主、堀直虎も独自の焼き物を作ろうとしたり、それを元手にして西洋式の軍備を整えようとした。須坂藩は当時、ようやく藩と呼べる基準を満たす程度の小さな藩だったが、文芸に秀でた藩主が多かった。田中角栄が目白に建てた屋敷は堀家の江戸藩邸跡地に建っており、田中角栄は地鎮のため須坂市にある堀家と由来が深い奥田神社に参拝している)

なお、日本の憲政史上、山口県は総理大臣を輩出した数が突出しており、さらに山口県出身の総理大臣は長期安定政権を築いた場合が多くなっています。

政権の安定に繋がるような何らかの基盤があるのかもしれません。

首相官邸ホームページ 「内閣制度と歴代内閣」より

https://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/ichiran.html

出身地域が総理大臣輩出が多い都道府県と重ならないケース

中には、出身地域が総理大臣を多く輩出していない都道府県だった、という総理大臣もいます。

この場合は、おそらく政治的影響力がとても大きかった政治家、と言えるかと思います。

政治的能力に長けていて、そのまま総理大臣に就任することになった、というケースです。

ただ、傾向を見ていると…

政治家っぽくない経歴を持った総理大臣は、短命で終わるか、それとは反対に極端に長い政権を維持している傾向があるようにも見えます(短命で終わると影響力は発揮できないことで弊害がある。また、長期政権の場合は確かに後世に影響を残しているが、逆になんでも実行することになる結果、悪影響を残している場合がある)

この場合、政権基盤が弱いことが多く、状況が差し迫った非常時だったりもするように思えます。

また、芸術家のようなところがある政治家や、あるいは理想主義的な政治家の場合、政権基盤が伴わず短命に終わっている、という感じを受けます。

政治はポーズではなく、本質は行動し実行することであり、結果責任だ、ということなのかもしれません(毅然とした姿を見せることも大事なことですが)

藩閥政治

なお、江戸時代の影響を引きずっている背景には、明治初期には藩閥政治の影響が色濃く残っていたことが影を落としているかと思います。

もちろん、全国的に地域を挙げて教育に力を注ぎ、人材を作ってきた結果ではあるのですが、そこにどうしても閥というコミュニティがある、ということは否めません。

現代でも、例えば○○大学出身とか同窓会、あるいは運動部という繋がりが、それなりの影響力を持っている場合があります。

議院内閣制は政党政治

なぜこうしたことが起きるのか?

おそらく、政治の仕組み上、日本は議院内閣制を採用しているから、というのが大きな理由だと思います。

国民から選挙で選ばれた国会議員の集団の中から総理大臣を選んでいくことになりますが、国民は総理大臣を直接選ぶことはできないことになります。

国会議員の集団から選ばれた人が総理大臣になる、ということは、議員の中で影響力を発揮していないと選ばれることはありません。

どう考えても、それは政党の影響力と、その政党内での地位に比例します。

影響力とは数であり、地位とは役職です。

なりたいからといって役職につけるわけではなく、誰かから支持してもらう(担いでもらう)ことがないと、選んでもらうのも不可能なことになります。

こうした力のバランスを乗り切ってトップに立った人が、総理大臣になった人、ということになります。

この条件をクリアした上で、政治家として、政治を実行するビジョンを持っていないと、総理大臣になっただけの総理大臣でしかありません。

また、ビジョンがあっても基盤が弱ければ、総理大臣でい続けることも難しいことになってしまう…

世論が投票という形で国会議員に反映され、その議員たちから総理大臣が選ばれる、という建前上、これは避けられないことなのかもしれませんが、やはり非常に難しい舵取りをあらゆる場所に対して求められるのが総理大臣だ、と思います。

理想と現実

生まれた場所にかかわらず、人間が正当に評価されることこそが理想だ、とするなら、こうした傾向は一体何を示しているのでしょう?

おそらく、これは解消され切れていない不平等を映しているのではないかと思います。

もし理想が実現されているなら、47都道府県それぞれに総理大臣経験者がいてもおかしくないですし、数の違いがあるのなら、それは都道府県の人口と比例していなければおかしい、ということにもなるはずです。

「人間は理想だけでは動かない」どうやらこれが現実の姿です。

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