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コラム

生産形態の変遷から労働を考える その2

2020-10-03

近代以前の状態

近代とはいつからか、というのは明確に区切りをつけることはできないかもしれませんが、近代国家の特徴は、官僚機構と常備軍を保持していること、と言われます。

産業が近代化したのはいつか、ということならば、おそらく18世紀半ばから起こった産業革命から、となります。

最初の蒸気機関はニューコメンが1710年ごろに発明し、さらに実用的な発明はジェームズ・ワットによって1776年ごろに発明されました。

これにより、人間の生産性はさらに向上していくことになりました。

それに伴い、同じものを安く大量に生産することが可能になり、人を一箇所に集めて生産活動に従事する、という形態がさらに広まっていった、と考えられます。

機械は大型で、高価で、1人で全てをメンテナンスすることも不可能で、そのため、生産手段を複数人で共有する、という意味もあったかと思います(現在のように機械をパーソナルなものとして利用できるほど技術が発展していなかった)

次第に、社会のあり方も変化していき、農村で農業をしていた人たちを工場労働者という形で雇用していく形が広まっていくことにもなりました。

雇用する人と雇用される人が生まれ、産業資本家が経済的な力を持つようになり、従来の政治的権力を持っていた層が没落したり、経済格差が広まったり、その結果として過激な社会思想が生まれたり、現在に通じる様々な問題の原型がこの頃に作られたように思われます。

近代以後

その後、工場に集まって生産をする、という形がさらに進化していくと共に、それに伴う情報を処理したり、ものを売ったりするための活動が重要になっていきます。

その結果、書類だけを処理する人たちも生まれます。

生産活動を円滑に公正に行うためには、経営のための戦略を考えることも大事ですし、給料を支払ったり、取引先に支払いをしたり、税金を支払うことも大事なことです。

ものを売らないとお金が入ってこないので、売り上げが上がらないということになると、商品を作るために必要な材料を買うことも、給料を支払うこともできなくなります。

傾向として、単純労働者よりも、知財に関する仕事に従事する労働者の方が賃金が高い傾向にあり、専門的な知識を身につける必要もあることから、生産活動よりは生産を管理する方が地位が高い傾向があります。

また、生産を行うための機械が高度化していくことで、以前よりも必要な人間の数が減っていく、ということも起きます(機械の効率が上がったり、操作性が向上したりしたため)

その結果、労働者の中でも能力差が生まれ、それが社会的格差として世代間にわたって固定化されていく、という問題も生まれます。

あるいは、商品の販路を求めるために、武力を使ってでもその市場を開拓しよう、という動きさえも過去の時代には起きました。

こうしたことが起きた結果として、互いに覇権を競い合い、世界規模での戦争が発生したりもしています。

状況に応じて行ったり来たりしている?

歴史は繰り返す、と言われます。

一箇所に集まって生産活動をする、という形も、次第に分散してそれを行う形が主流になっていきました。

経済学では収穫逓減、という用語があります。

規模が大きくなり、働く人が増えていった場合、単純比例して生産が伸びていけばいいのですが、実際にはそういうことにはならず、あるところを境にして逆に生産が非効率になっていく、という現象のことを言います。

これは、人が増えすぎていくと、1人あたりの生産性が落ちていくため、その結果として生み出す製品1つあたりの価格が上昇していってしまう、ということになります。

また、巨大な組織になればなるほど、意思決定のためのプロセスが複雑になっていくので、変化する状況に機敏に対応できなくなっていく、という問題も起こります。

そうしたことを防ぐために、生産手段を分散する、という流れが起きています。

技術的にも、特に情報通信の分野でわかりやすいことですが、コンピュータの性能が飛躍的に向上したことによって、ネットワークに繋がることができればどこにいても活動ができるような状況が生まれました。

(かつて、コンピュータは大きなコンピュータが1台あって、それを電話回線で多くの人が互いに共有して、自分が確保した時間だけそのコンピュータを利用する、という形だったのが、パーソナルコンピュータが登場したことにより、個人でコンピュータを持つようになった、という歴史がある)

このように、状況は集中と分散を行ったり来たりしてきました。

今後の流れがいつどのように転換するかはわかりませんが、思いもよらない形で、新しい形の労働形態が生まれていくこともあるでしょう。

たどり着く先はどこ?

この集中と分散がたどり着く場所は一体どこなのか?

私にはわかりません。

ですが、近代以前の生産活動がそうであったように、小規模な組織に属しながら生活を成り立たせていく、という流れは今後も拡大していくと思われます。

その結果として、過度な集中が緩和され、全体的に人やものや富の集中が均一になっていったとしたら、そのあとはどの方向に進むのか?

もしかすると、再び人々が寄り集まって活動していく流れが生まれるかもしれません。

いずれにせよ、歴史は繰り返していきます。

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