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コラム

人生の長さについて|幸せとは何か?

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生物としての人間が生きられる時間

人間は、どんなに長生きしてもせいぜい100歳くらいまでしか生きることができません。

世界最高齢のギネス記録は、122歳まで生きたフランス人女性ジャンヌ・カルマンさんだったそうです(これがギネス認定の世界最高齢記録)

なお、日本人男性の平均寿命は81.41歳、女性は87.45歳となっています

厚生労働省令和元年簡易生命表(2019年)のデータを参照 

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life19/dl/life19-02.pdf

さすがに120歳までみんなが生きるのはかなり大変なことですが、いま生まれた0歳の子どもは、およそ80歳くらいまでは生きる可能性が高い、ということは確かなことだ、といえます。

時代が進むにつれて、確実に人間の生きられる時間は、増えていっています。

人生の質とは何か?

だからと言って、その人が幸せかどうかという問題とはまた別かもしれません。

仮に、80年間ずっと拘束された状態で過ごすことになるのならば、それはおそらく幸せということではありません。

また、時間的自由はあるけれども、なんら自らの生きる目的を見出すことができないままであるならば、それもまたおそらく幸せということはできないのではないでしょうか?

「幸せ」の定義にもよりますが、ただ確実に言えるのは、生きた時間が長いからといってそれがそのまま幸せというわけではない、ということです。

もちろん、短いよりは長い方ができることも自ずと増えていくことになりますし、不幸な状態ではないのかもしれませんが…

「武士道」から見た人生の定義

これは余談ですが、武士階級の生きる心構えを解いた『葉隠』において、武士道についての定義が書かれています。

「武士道と云うは死ぬことと見つけたり」

現在の倫理基準から見ると「何を言ってるの?」とびっくりしてしまうところもありますが、この言葉の真意は、実は「死」を賛美しているということではありません。

この言葉の真意は「自己中心的な考えから行動をしてもうまくはいかない、自己を捨ててた心境になり(つまり自分を無くし「死んだ」心境になって)取り組めば、自分も周囲にとっても良い結果をもたらすことになる、という意味です。

過去に、この言葉だけが一人歩きしてしまったことによって不幸が助長された、と言うこともあります(とても悲しいことですが…)

つまり、利己的な行動をとるな、自分の中にあるわがままな心や自己保身を捨てて生きろ、と説いているわけです。

これを意識して生きろ、ということを目標とするのなら、確かに何事もうまくいきそうな気がします。

職業的には戦うことが仕事の武士ですが、支配階層でもあり、実際に農作業をしたりして何かを生産する立場ではなく、だからこそ自らを維持し正当化するためにも高い倫理観を自らに課した、ということかもしれません(武士階層は、江戸時代にあっても全人口のわずか7パーセントほどしかいなかった)

(『葉隠』は書かれた当時、内容があまりにも過激だ、ということであまり人目に触れる機会がないままだったようです)

理屈では割り切れないもの(気分は人生を加速させる)

生物としての人間は、他の動物に比べてとても感情が発達しています。

(私は犬や猫ではないので、彼らの感情はわかりませんが)、食べること、身の安全、と言った基本的な欲求を大きく超えたところに人間の幸せがある、というのは確実に言えることです。

それゆえに、人間は人間であるからこそ、そうした目には見えないものが大事、といえます。

社会に出てみるとよくわかるかと思いますが、けっこう高い確率で、世の中で成功している人というのはいつも上機嫌な状態です。

いつも不平不満を言っている人には、良い結果が訪れません。

それは、心の余裕ということもあるでしょうし、周りにいる人を幸せにしているからこそチャンスが巡ってきている、ということでもあるでしょう。

それくらい、気分というものは大事です。

イライラしていていると、出せるパフォーマンスは必ず落ちます。

(怒りの感情が、取り組みのきっかけを与えたり、反発して壁を突破していこうとする力になっていくことも確かにありますが…)

気分が良ければ、人生はその質を自ずと向上させていってくれることにつながり、結果的に良い人生を送ることができるようになる、と言えます。

目に見えるものと見えないものがある

さらに言えば、目に見えるものだけを追っていくだけではいけない、ということです。

人間を支配するものは、体を維持するためには物質としての食糧などが必要ですが、その体をコントロールしているのは、感情であることもまた確かなことなのです。

仮に、お金を儲けることだけに重点を置いて、全てがそのためだけにある、という方針のもとで他の要素をすべて切り捨ててしまったとしたら…それはおそらく人間らしさを自ら放棄していることと同じです。

他人の求めるものがわからない限り、良いもの、売れるものが作れるはずもありません。

先ほど挙げた「武士道」の定義はとても示唆に富んでいるのではないか?と思うのですが…

良いと思える状態であることが大事

結局のところ、人生が幸せかどうかは、単にその長さではなく、その中身です。

その中身というのは「良い状態」でいることです。

「良い状態」というのは、おそらく、利己的な行動を取らず、周囲の利益になることを考えて行うことであり、感情的に満たされた状態であることを指します(周囲に貢献していれば、感謝し感謝される関係に必ずなるので、自然とそれは達成されることになると思われます)

人生と幸せ

科学が発達したことで、ここまで人間の可能性は広がって、人間の寿命が長くなったことは事実です。

ですが、同時に人間は、数字で見えることを重視しすぎるようになってしまったのではないか、とも思います。

科学は再現可能であることが大事ですが、感情や幸せ、といったものは数値で表すことがそもそもできません。

数字で表せないから排除していい、というわけではありません。

いま一度、この事実を問い直してみて、人間にとって良い状態とはなんなのかを考えてみる必要があるのではないでしょうか?

自ら苦しむために大事なことを忘れてしまったら、意味がありません…

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