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よつばの日記帳

若山牧水の世界|短歌には、人生が滲み出る

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若山牧水の生涯

若山牧水は、明治18年(1885年)に宮崎県で生まれ、昭和3年(1928年)に、43歳の若さで亡くなった、戦前を代表する歌人です。

鉄道旅行が好きで、日本各地を旅行しながら各地で歌を詠んだほか、酒が好きだったらしく、毎日1升は酒を飲んだと言われています(死を早めたのも、アルコールの大量摂取が要因だった)

なお、同時代の短歌人と交流が深く、18歳で早稲田大学に入学したときの同窓生には北原白秋がいたほか、交友のあった石川啄木の臨終には、家族以外の人物では唯一、若山牧水が立ち会っています。

歌集は死後まとめられたものも含めて15集あり、紀行文も残しています。

作風は、浪漫的とも評されますが、感傷的で、どこか寂しげな印象を受ける歌を多く残しています。

友人は多く、交友は広かったようですが、現実と歌の世界はだいぶ離れているようにも感じるほどに、孤独さと繊細さを感じさせます。

生まれは宮崎県ですが、静岡県の沼津を愛し、移住してそこで暮らし、沼津で亡くなっています。

牧水が詠んだ歌

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり

うす紅に葉はいちはやく萌えいでて咲かむとすなり山ざくら花

(代表的な歌のみ抜粋)

短歌には人生が表れる?

(これは私が持っているイメージですが)若山牧水だけでなく、短歌にはそれを詠んだ歌人の人生が色濃く反映されているような気がしてなりません。

若山牧水は、大学を卒業する間際には実家が没落したり、大恋愛の末に結ばれなかった女性がいたり、いろいろな苦難に遭遇しています。

どこか孤独を抱えていた部分があったのかもしれません。

俳句の場合、一瞬の場面を切り取ったような印象が多い句が多いのですが、短歌の場合はその情景を詠んだ歌人の人生が投影されているような歌が多いという印象を受けます。

いろいろな歌人の歌集を読んでみると、そこには人間、あるいは歌を歌っている自分自身のしょうもなさ、矮小さを嘆いていたり、いくら努力しても報われない哀しさを表現していたり、どこに向かうかわからない人生を何かに重ねようとしていたり、個人の感情を割とストレートに表していることが多く、表現形式としてそういう表現に至りやすいのが短歌なのかな?という気がしてきます(俳句よりも短歌でこの傾向が強く出ているので、流行や偶然といった要素以外のものが強く作用していると思われる)

歌は残り続ける

日本では、万葉集が編纂された歴史などを見ても、歌を大事にしてきた民族なのではないか、と思います。

想像を絶するほど昔の情景や心情を短歌を通して知ることができる、というのは、とてもロマンチックなことだと思いませんか?

若山牧水の短歌も、その歌を愛する人がいる限り、長く後世に残ることでしょう。

100年後、200年後でも、きっとこんな情景があるのかもしれない、そんな風に思わせる普遍性が、個人の表現である短歌のなかにあるとしたら、なんだか不思議なことでもあります。

作家は人生や家庭環境が恵まれない人が多く「作家を見たら病人と思え」という言葉を残した人がいたくらい、その一生は何かと大変なことが多いですが、私には文学作品を残した作家たちが、とてもうらやましく思えます。

言葉を交わすことはできないけれど、自分が生きている間には絶対に触れ合うことのない子孫の世代にまで慕われるというのは、一体どんな気分なんでしょうね。

もしかすると、文学的世界を完成させるのは作家ですが、死してなお、今度は読者たちによってその世界は完成されていくのかもしれません。

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